2015年05月06日

執筆

書いています。
台本とそうじゃない物と小説と随筆と。
絵本みたいなものとか企画書みたいなものとかを。

指の(手の?)調子っていうのがあって、
自分としてはコレを書こう!って思っているのに、
全然うまくいかなくて、他のものを書き始めると、
指が動き出したりする。

あまり伝わらないかもしれないけど、
「今日はカレーを食べよう!」って思ってる日って、口や胃がカレー用になってて、他の物だとなんか違うなってなったりするじゃないですか。そういうのに似ている気がする。
指が、「なんか違うな」って感じていると、上手く動かない。
文章が進まない。
そういう時って、潔く違う文章を書いてみる。
気分を変えるってことなのかもしれない。

そしてもちろん、気分じゃなかろうがカレーを食べねばならない時だってある。完食しなければいけない時というのがあるのだ。
そういう時は?
もちろん食べるよ。
うっぷってなりそうでもさ。
posted by 中神謙一 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

みょうが

新茗荷っていうのか。
袋いっぱいの茗荷を買った。

天ぷらにしようかと思ったけれど、ちょっと面倒だったので、素揚げにして食べた。
それでもまだ残っている。

夏になると山形(だっけ?)の郷土料理「だし」を作るんだけど、それにも使おう。
長らく米を食べていないけれど、茗荷ご飯も作れる。
甘酢漬けも作ろう。
とにかくなんだか沢山ある。
あとなんだろう。浅漬け。味噌汁。

とにかく色々。
茗荷を食べると物忘れがひどくなるって落語でいうね。
こんなに食べたら、何作ったか忘れそうだ。
posted by 中神謙一 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

朝の手前に

夕暮れ。
昼の残り香みたいなオレンジ。
image.jpg
近くの河川敷とかなら、もっときれいな夕日が見れたんだろうか。

建物のシルエット、空を区切るような電線。
それはそれでいいんだけれど、もっと拓けたところなら、
きっともっと綺麗な夕日が見れたんじゃないだろうか、なんて思った。

そこからはどんな景色が見える?

未体験、というのはどうやら環境だけでなく、当たり前だけれど、
セッティングや状況や心的な状態も多分に影響するようだ。
思っていたよりも、ずっと。

だから想像できないのだな、と思う。

夜明けの空に残っている満月とか、滴るほどの緑とか。
とても綺麗で、思う事や感じる事が色々あるのに、
今はうまく言葉に出来ない。

何度も書きかけて、結局消してしまう。

第一、その言葉を放っていいのか?それすらわからない。
そもそも、今ここに記すこの言葉だって、どこにも届いていないのかもしれない。
ボクの言葉に、記していくその一言一言に、音叉をふるわすような、そんな力がまだあるんだろうかって考える。

遠いね。
イメージと現実は、遠い。

もうすぐ朝になる。ざわざわし始める。
それまでの間、少し目を閉じて、息をひそめる。

少しでもその隔たりを埋めれますように、と。
posted by 中神謙一 at 03:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記