2016年12月31日

2016年最後の日。

あと半日もない、数時間で2016年が終わります。
色々なことをやったような、
色々なことをやり残したままのような気分だ。
皆さんはどうでしょう。
ボクはちょっと仕事の合間にこのブログを書いています。
仕事納めには、あと、少しかかる。
(まあ、終わり!って自分で言っちゃえばいいのだけれど)

ある時期から、自分の中に残っている「核」のような想いと、
それとは別の日々の暮らしを回していくための現実的なこと。
そういう色んなことを、12月31日は考えたりする。
その二つはボクの頭の中に常にあるくせに、時々ひどく離れたり、寄り添ったりする。
今、ボクはその間の距離を測っている。

2017年がやってきますね。
明日になったからと言って、背中に翼が生えてくるわけでもないけれど、
それでも一つ、世界はシフトするのだ。上か下か右か左か前か後かはわからないけれど。
シフトした気になっているだけなのかもしれないけれど、とにかく。
ボクたちは望む望まないにかかわらず、そこでうまくやっていかなければならない。
したたかに、あざやかに。
うん、いいな、それを来年のキャッチフレーズにしたい。

2017年。
それはどんな一年なんだろう。
仲良くなれる、気の合うヤツだといいんだけれど。


そして、さよなら、2016年。
結構キミのことはキライじゃなかったよ。
世話になったね。
ゆっくり休んでくれ。

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2016年12月27日

風邪。

風邪、流行ってますか?

ボクの周りでも何人かひどい風邪をひいている人がいて、
コンコンいっている。

幸いなことに、ボクは今のところ風邪の兆候はないけれど、
普段の状態がアンニュイな感じなので、しんどそうですね、風邪ですかと言われたりする。
風邪ではないです。

普段から割と薄着の方だし、
身体が丈夫というわけでのないと思うし、
規則正しい生活、でもないし。
うがいもしたりしなかったりだけど――最近はひかない。

先日の話ですが、

なんで中神さんが元気なんですか!

という理不尽なキレかたをされた。
なんでっていわれても困る。
しかし確かに、ボクよりも数倍まともな生活をしている(ように見える)人が風邪をひき、
ボクのようなふらりふらりと生きている人間が比較的元気というのは不思議な感じもする。

不特定多数の人に会うようなことが少ないので、感染経路が少ないだけだと思うのだけど、
もしかすると、風邪のウイルスにも好き嫌いがあるのかもしれない。
何にでも好感度が高いっていうのも考え物だなって思う。

皆さま、風邪には蜂蜜と生姜、あたたかいスープ。
あとはホットワインがおすすめですよ。
個人的にですが。


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2016年12月25日

「だって今夜はクリスマスなんだよ」

SANTA×CROSSという本の中で、
サンタ見習いの少年エスペリオはそういった。
なんて青臭いセリフだろうと思う。
でも、この物語の本質的で象徴的なセリフだと思う。

クリスマスだからなんなんだって思うし、
みんながみんなハッピーでいれるわけでもない事はわかっている。
それでも、だからこそ、そんな日が一日くらいあったっていいじゃないか、と思う。

――――――っていうようなブログを、
昨日書いたはずなのに更新されていない。
謎である。
割と素直に、いい文章だったような気がするのに、
どこへ消えてしまったんだろう。
サンタさんが持って行ってしまったのか。


昨夜はサンタ見習いたちが夜空を駆け巡ったのだろうか。
忙しくプレゼントを配ったんだろうか。
ボクだって、プレゼントを届けたいって思うけれど、
トナカイもいなく、ソリも持たないボクは言葉を贈ることしかできない。

メリークリスマス。
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2016年12月22日

ここんとこ。

一昨日。
久しぶりの方と一献。
Iさんと、枚方こどもミュージカルでお世話になっていた市の担当者の方と。

Iさんはボクが枚方こどもミュージカルという企画に関わる、きっかけをつくった人だ。
「コドモ、嫌いですよ?」
Iさんからこどもミュージカルをやらないか、と電話があった時、ボクは返す言葉でそう言った。
もう、10年以上前の話だ。

劇団が枚方で活動していた時期、大変お世話になった方で、
本当に舞台を、そして舞台をやっている人間を好きな人で、
そういう人を時に優しく、時に厳しく応援してくれる人で、
本当に、Iさんに頼まれたら、基本的にNOとボクは言えないくらいお世話になっている。
枚方演劇の父のような人。


昨夜。
昨夜はミニラ会だった。
これは勝手にボクがつけた会の名前だが、
Q&Aに出演してくれた阿部ちゃんの呼びかけで集まる飲み会のことである。

阿部ちゃんはミニラに似ている。
ご存じだろうか?
シン・ゴジラの世界では、ミニラという存在はないけれど、
ゴジラにはミニラというコドモがいたのだ。
そのミニラに似ている。
そんな阿部ちゃんが呼びかけてくれて実現した飲み会。


今夜。
打合せの後に、おすすめのBarにつれて行ってもらえるという。
Bar?そんなイメージのなかったこのおすすめの店、ということで、
とても楽しみ。


ここんところ色々と人に会ったりしているけれど、
そのどれもが、ただ忘年会、というのとは少し違って、
皆さん、座敷おやじのことをお祝いしてくれる。
忙しい中、わざわざ時間を作ってくれる。

ありがたいな、って思う。
その分ね、がんばんなきゃいけないわけです。
皆見てくれてるなら、オチもあらすじも知ってるんだから(笑)

今年もあと10日をきって、ここんところそんなことを考えてます。
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2016年12月20日

お好み焼き

大阪と言えばたこ焼きとお好み焼きである。
大阪人の家には一家に一つたこ焼き器があり、
お好み焼きには誰もがこだわりと一家言をもっている、という。

粉もんの町、大阪。

ただ、ボクはそういうのあんまりないんですよねぇ。
たこ焼き器も持ってないし、
お好み焼きも最後に食べたのはいつだっけ?というくらい。
お好み焼き定食も食べないし、
たこ焼きもお好み焼きも好きなんですが、割となんでも美味しくいただきます。

好きな具材をいれ、好きに味付けできるからお好み焼きというんだとか。

そもそもお好み焼きの起源は千利休が作った「麩の焼き」らしい。
「麩の焼き」から「助惣焼」が生まれ、この「助惣焼」が
「どら焼き」と「お好み焼き」の起源となったそうな。

へえ。

個人的な感想ですが、カレーとラーメンとお好み焼き・たこ焼きって、
そんな不味いものってあるかなあ、というくらいに、普通にいただける。
どう作ってもそんなに不味くなるものだろうか、と思う。
もちろん、美味しい!ってお店はあるので、何かコツや素材の違いはあるのだと思うのだけれど。

と、そんなボクですが、久しぶりにお好み焼きを食べました。
ボクは初めて行くお店でしたが、一緒に行った二人はその店が美味しい、と知っていて、
「あそこはどう?」「ああ、あそこね!」みたいな感じにお店が決まり、ボクはそれに従う感じ。

確かにおいしうございました。

でも、食べ物って、その時のシチュエーションが重要ですよね。
誰と、どんな風に食べるのか。
その時、どんな気分で食べたのか。

以前食べたもので、とても美味しかったもの。
そういういくつかの思い出深い食事も、
今、食べたらどう思うんだろうか。
違う味に感じるんだろうか。
あの時みたいに美味しく感じて、
あの時みたいに楽しくなるんだろうか。
そんなことを考えた。

お好み焼きといえば――ボクが美味しいですよって人に教えるお店が鶴橋にあります。
長らく行っていないけど。
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2016年12月17日

N-Trance Fish

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昨夜ABCホールで観たNトランスフィッシュの公演は、
観劇というより体感するようなステージだった。
音がビリビリくるし、ダンサーの振動が伝わってくるようなステージだった。
サイコロがキーアイテムとして構成されたステージは、人生の様々な分岐点を描いていた。

マウスの早川丈二さん(この人はチャーミングな表情をする。お客さんとの垣根、みたいなものをすっとすり抜けることが出来る人だ)演じる男と、
神田直子さん(いつも思うのだけど、神田さんは踊っている時、とても大きくみえる。そしてしゃべらない彼女が初々しくキュートで、そこからの空虚さへの変化とか素敵だった)演じる女が、
出会い、結ばれ、大切な存在を喪失し、すれ違い、破局しそうになって、再生する―という(ボクにはそう感じた)物語だった。

台詞はほとんどない。
丈二さんしか話さない。
他はすべてダンサーたちの動きや表情。

差し込まれる映像も面白かった。
そしてとても照明が美しかった。
とてもとても美しくて、ダンサーたちの姿がより美しく感じた。

終盤で今までのシーンが一気にショートバージョンで一気に流れる。
まるで走馬灯のようにフラッシュバックする。
それが圧巻だった。
そして、しっとりとしたエンディング。


実は主宰の尾沢奈津子さんとは、一度だけお会いしたことがある。
憶えてらっしゃらないだろうけど、ずっとずっと昔、まだ大丸劇場がそごう劇場だった時、大垣くんとしたアストロ・ノートという舞台に来て下さって、楽屋で少し感想を伺った。
(大体あの時はボクの芝居や大垣くんの歌よりも、小道具のコンピューターへの称賛が圧倒的だったけれど)
その時、しなやかな人だな、と思った記憶がある。

今回のステージで、やはりしなやか、不思議な動きとシルエットを作っていた。
いい刺激をいただきました。

どんな風に構成して、レッスンして作っていくんだろう。
観に行きたい。
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2016年12月15日

恩田さんの話。

「〇日に大阪にいくから、ご飯でもどうですか。」
と恩田さんからメールをいただいて、渡りに船とばかりにOKの返事をした。
と、いうのも「蜜蜂と遠雷」を読んで、聞きたいことがあったからだ。

で、当日。
お酒を飲みながら、恩田さんに、読んでて気になったことなんかを聞かせてもらって、

ああ、やっぱり!とか、
え?そうなの?とか思ったりする。

それにしても。

恩田さんの本「Q&A」は初めて読んだ時に自分でこれを舞台にしたい、と思った。
それを実際に昨年(2015年に)舞台でやらせてもらったわけだけど、
今のところそれ以外の本を舞台でやりたいと思ったことはない。
面白いと思って読むし、映画として撮ってみたいとは思うかもしれないけど、
他の作品を舞台にしたい、とは今のところ思わないのだ。
これは単純に、自分の好みというか、フィーリングというか、
そういうものだと思うし、基本的に、ボクは自分の書く物語を形にしたい人間だからだろう。

けど――恩田さんと話していて、そこで聞くプロットやアイデア、戯曲としての構想を聞くと、
それをやってみたいと思う。

そういう、波長というのがあるのだ。

恩田さん、言ってた本は進んでますか。

会うたびくらいにボクは編集者の人みたいに言う。

うん、やってるよ。

その度に恩田さんはそう答えながら、飄々とビールを飲むのだ。
posted by 中神謙一 at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月13日

某撮影と可動域のこと。

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某企画で某所にて撮影。
面白かったです。
中々がんばったんじゃないでしょうか!(ボクじゃなくて)

まだ観てないし、これはもしかした単なる内輪受けかもしれないけれど、
それでも結構面白かった。
早く完成したのを見るのが楽しみです。

こういう思い付きの一つひとつを、フットワークよく実行できるように心がけたいなあと思う。
それには何が必要で、何が不必要なのか、なんて考える。
体力や資金が必要なのはそうだろう。
あるに越したことがないものだ。
でも、やっぱり何より大切なのは、
そういうアイデアを出せる頭の柔らかさ、心のしなやかさ、じゃないだろうか。

関節とかと同じで、頭や心にも可動域というのがある。
歳を取ったり、トレーニングをおろそかにしていると、
その可動域はどんどんと狭まって、いずれ固まってしまう気がする。

やわらかく、しなやかに。
そしてできることならば、いつも楽しく。
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2016年12月10日

冬支度。

夏よりも何倍も冬が好きだ。
ボクの好きなひとは冬が嫌いだけれど、
ボクはそれでも冬が好きで夏が嫌いだ。

もちろん、寒いのが好き、というわけではない。
暑いのが嫌い、というのが大きな理由でもあるのだけど、
冬の空気とか、食べ物とか。
温かい布団の中で惰眠をむさぼっている朝の時間とか。
そういう色々を総じて、冬が好きなのだ。

出来ることなら、冬、暖かい家の中から出ずに過ごしたい。
夢の一つに、冬の北海道で(ミステリーに出てくるような)雪にとざれ外界と遮断されたロッジみたいなところに籠りたい、というのがある。
ぱちぱちと暖炉では薪が燃えていたりするのだ。
勿論、食料とかは無くならない程度に(勝手な話だけど)。

そして冬の晴れた日、空気は冷たいけど、不思議と寒さが穏やかな日には、
お気に入りの手袋、マフラー、コートを着込んで散歩をする。
冬の晴れた日は、特別な気持ち良さがある。

冬支度をしていると、いつもそんなことを妄想する。
わくわくする。

新しいコートを出す。
手袋とマフラーを出す。
暖房器具を点検して、オイルヒーターを買おうか検討する。
ラグを敷いて、冬用のカーテンに変えたいな、と考える。

冬支度しなくちゃ。
posted by 中神謙一 at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月08日

寺田くんの話。

ずっとずっと昔のこと(当たり前)だけど寺田くんとは同じ中学だった。
と、いうか小学校も高校も同じだったことを、話していて思い出した。
(どうなの、ボクの脳みそ。)

正直言うとあまり覚えていないんだけれど、寺田くんは陽気な子だったと思う。
ひょうきん、と言えばいいだろうか。
とにかくそういう、クラスで皆に愛されているようなメンバーだ。

ボクは当時からコミュニケーションが苦手で、バリバリのインドアで、
中学校では何だか先輩には嫌われてて、今と同じ、ある種のシャイさが(いや、マジで)邪魔していたこともあって、クラスでは端っこにいる打ち解けないヤな感じのヤツだったと思う。


で、そんな寺田くんが、今はプロのカメラマンとして活躍し、
先日賞を取ったのをFacebookで知り(人を介してトモダチにはなっていた。会ってないけど)、
すごいなあーと思っていると、急に思い出したエピソードがあった。

そのエピソードというのがとてもとてもくだらなくて、
本当にあったことなのか確認したい気持ちと、
あの寺田くんがどんな写真を撮っているのかを知りたくなって、
突然アポをとって、彼のスタジオにお邪魔してきました。

突然のアポに、気さくに応じてくれてこれまた寺田くんの人柄をみた気がした。
ボクなら変な勧誘じゃないだろうかって思う。ツボとか買いませんよ、ってなる。
それにしても、実にもう20年ぶり以上の人に会うというのは、
ボクなんかからすると、初対面に近くてドキドキするけど。

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スタジオで、ビールを飲みながら――おつまみまでいただいて、何の手土産も持ってきていなかったことに気づいた。やれやれ、まったくボクは――見せてもらった彼の写真は、ボクが抱いていた彼へのイメージと全然違って、
「え?こんな人だっけ?」って思うものだった。
第1弾、第2弾、第3弾。
どれもテイストは変わるのに、変質的なこだわりが面白い。
良い意味で変態的なこだわりで、何だか知らない人(20年以上ぶりなんだから、知らない人みたいなもんだけど)みたいだった。
ただ、ボクはカメラのことはわからないけれど、ボクがお世話になったり、なっているカメラマンの人たちも、みんなそういう表面では見えなかった「その人」みたいな部分が写真に見える時があって、面白いなって思う。
それは写真だけではなく、何かを作る人みんなに共通することなのかもしれないけど。


それにしても、カメラや写真の話をするときの寺田くんは、
中学生の時、電車で■■■■を■に■■■■、■■■■で
■■■■■■■■■■■■■■、■■まくってた同じ人には思えなかった。

とてもとてもくだらない(確認したら彼もうっすらと覚えていた)エピソードが、
ボクの妄想じゃなくってよかった。
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2016年12月06日

AIのような。

ボクはあまりわからないのだけれど、
どうやら色々と足りてないようだ。
思いやりとか、配慮とか、心配りとか、そういうものが。

あるいは過剰なようだ。
思い入れとか、期待とか、失望とか。

自分ではわからないけれど、今に始まったことでもないし、
割と昔から言われていたことでもある。

人の話していることや考えていることを、
理解しようと(たとえ結果できなくても)しているつもりではあるけれど、
ボクのそれはどうも違うらしい。

違う意見や見解を、ああ、そういうものなのか、
ボクには理解できないが、そういう人もいるのだな、という分類をすることは、
理解ではないという。


「あなたを見ていると、作られたばかりのAI(人工知能)が人間の思考をサンプリングしているみたいに見えるわ。バランスが悪いのか、偏っているのか、あるいはフラットなのか。とにかく。たまに人間としゃべっている気がしなくなる。」
実際は大阪弁でしたが、そんなことを言われたことがありました。
ちょっとしたショックと、同時になるほどと腑に落ちた感もあって。

その人は改まってこう言った。

赤いリンゴを赤いリンゴと指さすように、人の弱さや傷を指さしてはいけません。

確かに、ボクにはそういうところがある。
言いたいことはそこではなく、その先なのだけれど、
ある人には、そういうところに引っかかって先に進めなくなる。聞けなくなる、と言われた。

あなたは共通のコードを探さなくてはいけない。
世界とつながるためのコードを。

まったく、うまいこという人だ。
ドライアイス、と言ったのもこの人だった。
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2016年12月03日

お正月みたいな朝。

毎年思うし書いているけれど、
冬の、晴れた静かな午前中ってなんだかお正月みたいな気分になる。
寒いけれど陽の光はあたたかく、
空は青く高く、外には人の気配もない、そんな朝。
ボクの住んでいるところは、
時折そういう、みんなそろって寝坊したみたいに、
しん、とする日とかあって、
なんだかお正月みたいだなって思う。

今日の朝もそうだった。
コーヒーをいれて、サンドウィッチをつくって、
ピクニック気分でパソコンの前に座り、
メールを返したりしながら食べた。
行儀悪いけれど。

窓の外を見て、「お正月みたいだな」って思った。
本当にお正月の時、あんまりそんなこと考えないんだけれど。
ああ、ボクがふっとそう思うお正月は、
ずっと昔の、ボクがコドモだった時のお正月なんだなって思った。

オトナになって、あの時よりもいろんなことが出来るようになった。
コドモの時は、今出来ないようないろんなことが出来てた気もする。

それにしてもなんだかとても綺麗な空だ。
見ました?
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2016年12月01日

12月の始まり。

2016年、最後の月が始まって。
今日は劇団の打合せをして、6月の「語り部たちの夜-空-」、
そしてそのあとの「座敷おやじ」の公演について色々話した。

12月っていまだにSANTA×CROSSのイメージがあるもんだから、
何だか少し落ち着かない。
そして年末はいつも、何かやり残したことがあるような気分になるんだけど、
12月が始まった、という今日はそんな風に考え出す、その最初の日でもあったりする。

今月は劇団として事務的なことを進めるので、
忙しいといえばきっと忙しい。
でも暇と言えば暇でもある。
これは単純に物量やスケジュールというより、主観体感によるものなんだと思うんだけれど、とにかくそう感じる。
そしてちょっと思うところもあって、
暇だ、とか、
退屈だ、とか、
そういう言葉を口にしないようにしてみることにした。
とりあえず、年内は。
これ、目標ね。

忙しいって、胸張って(?)言えるくらい充実できるといいのだけれど。
そう、最近「忙しいってなんなんだろうね」って考えたりしてる。
ああ、何も考えられなくなるくらい忙殺されたい。
スノーボードで滑ってる時は、何も考えなかったな。
あんな風に。

posted by 中神謙一 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記