2016年12月06日

AIのような。

ボクはあまりわからないのだけれど、
どうやら色々と足りてないようだ。
思いやりとか、配慮とか、心配りとか、そういうものが。

あるいは過剰なようだ。
思い入れとか、期待とか、失望とか。

自分ではわからないけれど、今に始まったことでもないし、
割と昔から言われていたことでもある。

人の話していることや考えていることを、
理解しようと(たとえ結果できなくても)しているつもりではあるけれど、
ボクのそれはどうも違うらしい。

違う意見や見解を、ああ、そういうものなのか、
ボクには理解できないが、そういう人もいるのだな、という分類をすることは、
理解ではないという。


「あなたを見ていると、作られたばかりのAI(人工知能)が人間の思考をサンプリングしているみたいに見えるわ。バランスが悪いのか、偏っているのか、あるいはフラットなのか。とにかく。たまに人間としゃべっている気がしなくなる。」
実際は大阪弁でしたが、そんなことを言われたことがありました。
ちょっとしたショックと、同時になるほどと腑に落ちた感もあって。

その人は改まってこう言った。

赤いリンゴを赤いリンゴと指さすように、人の弱さや傷を指さしてはいけません。

確かに、ボクにはそういうところがある。
言いたいことはそこではなく、その先なのだけれど、
ある人には、そういうところに引っかかって先に進めなくなる。聞けなくなる、と言われた。

あなたは共通のコードを探さなくてはいけない。
世界とつながるためのコードを。

まったく、うまいこという人だ。
ドライアイス、と言ったのもこの人だった。
posted by 中神謙一 at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記