2017年03月09日

嫌悪。

久しぶりに人のことを「え?」って思って嫌いだなーって思って。

ボクは自分でも、まぁ心が狭いほうだと思いますが、
井戸のように深かったりするので、嫌いになっても、
狭いなりに心の奥底に沈めておくことが出来たりする。

ああ、自分としては無しだけど、まあそういう人もいるのだな、と上から石を落として井戸の底に沈めておくことが出来る。

ただ、ちょっと違って、なんかもやもやするなーって思う部分があって、
それが何なんだろうと考えるうちに、ああ、そうかと思い至った。
その嫌いには、拒否、拒絶、色んな感情とともに、憐憫みたいなものがあった。
どこか憐れんでいる自分がいた。

「自分を憐れむな。自分を憐れめば人生は終わりなき悪夢だよ。」と太宰治は言った。

人にやさしくするのは、出来るのは、とても素晴らしいことだけれど、
ボクの中には、その時、憐れみと同情とか侮蔑とか、そこから派生する醜い安堵みたいなものがあった。
それは優しさ厳しさとは全く異なるものだ。

そういう自分を嫌悪する。
そういう風に考えていた自分を醜いなあと思う。


それでもやっぱり、そうできないくらい嫌いというものや人もあって、
そういう感情は、沈めておいてもヘドロのように沈殿し、
井戸の水を濁らせていくことになっちゃうので、
受け入れたりはしないようにしているのだけれど。

それはそれでいいのだ。
好きは好きだし、嫌いは嫌いでいい。
そのパラメーターが変わることもあるだろうし、それはそういうものなのだ。
ただ、あの時の自分に感じた嫌悪感は、忘れずにいたいと思う。
posted by 中神謙一 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記