2017年04月18日

書きます。

6月の稽古が始まっています。
語り部たちの夜-空-。
どろっどろのお話し。
稽古が進んでいます。
(詳しくはケイコバブログ http://stn-diary.sblo.jp/ で)

そんな中ですが、書きます。

秋に上演します「座敷おやじ」の舞台上演用台本。
心のバランスをとるように、なんて思っていたけれど、
書き直す前に読み返してみて、奇しくも――結局同じく「再生」の物語なんだと気づいた。

先日もちょっとその打合せをしていて、
当たり前だけれど同時進行・同時並行で進む部分があって、
その為には当たり前ですが台本がいるのだ。

と、いうわけで、書きます。
まずはプロットの練り直し。
ドラマ化の時の決定稿を読み直したり。
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posted by 中神謙一 at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月15日

ときめき

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踊る桜の花弁を見る。

いつになっても、ときめくんだな、って驚く。

本番前の様な高揚とか、どきどきとか、同時に恐れ、とか。
そういうものを感じるって、日常では中々ないものだ。

そうか、これは日常じゃないものな、
特別だものな。
もしも永遠というものがあるのなら、
きっとそれがそうなんだろうと思う。

そういうものを感じられる自分の心に、
ちょっと安心をする。
うれしくおもう。
そして、それを与えてくれることに今も感謝している。
例え息苦しくても。

苦痛というのは大きな快感で、
快感とは小さな苦痛だって言ってたのはだれだっけ。
posted by 中神謙一 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月13日

やることリストとか。

久しぶりにボンドの匂いかいだり、
作業の段取り考えたり、倉庫の資材を見てみたり。

やること・やりたいこと・やりたくないこと。
やらなきゃいけないこと・やらなくていいこと。

そんな風にあっさりさっぱり分けられたら、色々物事はシンプルなんだけど。

やりたくなくてもやらなきゃいけないこともあるし、
やりたくても今はできない、あるいはしちゃいけないこともあったりする。
手を動かさなきゃ進なまい仕事、
頭を動かさなきゃ進まない仕事、
その時その時でやりたいことも違ったり、優先順位もちがったりで中々難しい。

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そして今は特設サイトの打合せやら、確認やら。
やりたいカタチと出来るカタチをすり合わせる。
考える。脳みそがぎゅーってなる。



ああ、やることリストの一番上に、掃除って書きたい。
部屋が散らかっている。

あ、これからの季節、このボトルが作業中に中々よい感じです。
埃もはいんないし。
さあ、アイスオレ飲みながら、稽古の復習と予習。

=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・=・
語り部たちの夜-空-チケット一般発売は4/15(土)10:00amから
特設サイトももうすぐオープンです。
http://e-setsuna.com/kataribe_ku/

posted by 中神謙一 at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月11日

さくら

桜が好きです。
朝の桜が一番美しいと桜守のご老人が言っていた。
朝露に濡れて、それが一番美しいと。

見たことがないけれど、想像してみる。
ボクは夜桜も好きです。
そして、散っている時の様が特に好きです。

花霞に紛れて溶けて
風に霧散する自分の姿を毎年想像する。

四月になりましたね。
大切な月です。

駅までの道にいくつか桜の咲いている場所があって、
この時期はそこを選んで歩いたりする。
昨夜は風も雨も強かったから、どうかなと思っていたけれど、
まだ花は残っていて、もう少し咲いていてくれそう。

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夜の桜は、何だかちょっと怪しくて色っぽい。
花の中には、いつ見てもエロティックで官能的に思えるものもあるけれど、
桜は――昼間はそう思わないのに――夜見るといつもそう思う。


語り部たちの夜-空-で、ちょっとそんな感じの台詞あったな。
チケット一般発売は4/15(土)10:00amから!(←宣伝)
http://e-setsuna.com/kataribe_ku/



花弁をね、集めているんです。
だからもう少し、咲いて、散ってほしい。
posted by 中神謙一 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月08日

甘露雨

今日はお釈迦様の誕生日。
キリストの誕生日に比べると、
世間的な盛り上がりには欠ける気がするけれど。

朝から雨で、桜散らし、花散らしの雨なんて言葉がテレビから聞こえていた。

けれど釈迦が生まれた時、
それを言祝ぎ、九頭竜が天から甘露雨を降らせたという話もある。
そう思うと、これはその甘露雨かも―なんて思ったりもする。

草木や花に、春の柔らかい雨がサタサタを降りそそぐところを想像する。
それは冷たい雨ではなく、あくまで優しく柔らかい慈雨なのだ。

ぼんやりとそういうのを夢想して、
それから現実世界に目を向ける。
本日もまいります。


posted by 中神謙一 at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月06日

空っぽ

昨日、語り部たちの夜-空-の稽古がスタート。

昨日今日の二日間はまずはアンサンブル稽古で、
台本読みはなく、まずは動きとかイメージとか、
今回ボクがやりたかったこと、やりたいことなんかを、稽古前に確認作業――みたいなことをする日。

その辺りのことは、ケイコバブログをチェック!
まもなく更新されるはず!http://stn-diary.sblo.jp/


で、空っぽ、のこと。
今回の舞台は空っぽの男の心のお話し。
ヒリヒリと痛いほど沁みるセリフとかが個人的にはあるんだけれど、
その「空っぽ」を描くために、その中身は濃密に濃密に詰め込んでいく必要があるって思ってて、
その中身はみっちりと詰まっているからこそ、
観客はそこに何も入っていないんだと錯覚する、そんなことを考えた。
ちょっとトリックアートみたいな、そんな感じ。


空っぽが埋まったら、きっと新しい空っぽが待っているのだけれど、
ボクはその空っぽさ、というか空虚さというのがそんなに嫌いでもなくて。

その空虚さを探す旅の始まり。

さあ、今日も稽古へ。
posted by 中神謙一 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月04日

美味しい物を食べよう。

豪華な物とか、高価な物とかってわけでなく、
美味しい物を食べたい、と思う。

割と健啖家だと自分のことを思っているし、
ムラはあるけれど、そこそこ量も食べる方だと思う。
でも同じものをたくさん食べ続けるのがちょっと苦手で、
この時はちょっと後半、飽きてしまったけれど。
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美味しい物を、美味しいと思えるように食べたい、と思う。
環境や体調や、その時、どんな気分か、誰と食べるか。
そういうものでボクの舌はたやすく変わってしまう。

舌は心につながっているなあ、と思うのです。
だから、美味しい物を美味しいと思えるように食べよう、と思う。

いつか誰かを連れていきたいと思うお店はいいお店だよね。
posted by 中神謙一 at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月01日

あなたのことが嫌いです。

一年前にもそう書いたのを憶えている。
頭の中、眠るダナエが見る夢を夢想しながら、
同じ言葉を呟いてみる。

「あなたのことが嫌いです」

たくさんの愉快な嘘と、
たくさんの不快な嘘と、
たくさんの愉快な本当と、
たくさんの不快な本当があふれているけれど、
虚構を生業にしている一人として、
どんな言葉を吐けるだろうと考える。

いい文句が浮かばない。
posted by 中神謙一 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月31日

プライドと傲慢と。

ともすればプライドの高さは傲慢さにつながったり。
結局は置き場所なんだろう、と思う。

気にならない人はならないだろうし、
気になる人には気になることやものがある。

プライドというものの置き場所は、きっとそういうものなんだろう。
気位、といわれたり、気高さ、といわれたり、
同じものでも色んな見え方があるだろうし。

ただ――ボクの思うプライドって、こういうものっていう確固としたものがある。
そう思ってることが傲慢だと思われても、
まぁそれはそれで仕方ないや、と思えるくらいに。

posted by 中神謙一 at 02:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月29日

声のこと。

ここ最近見たいくつかの舞台で、改めて「声」のことを考えた。
役者の出す一番大きな音は声だ。

その音色とか響きとか強弱とか、ボリュームもそうだけど、そういうバランス。
観る側の主観が多分に入るけれど、
見た目のイメージ、役柄のイメージと会っているか、とか。
単純にいい声、とは別のことで、この調節というか調整というか、
そういうものもやっぱり演出の範疇なんだなあと改めて思ったりした。

このセリフを言ってほしい声、というものもあるし、
好きな役者さんたちだけど、この人たちが共演すると声が喧嘩するな…と感じる時もある。

何オクターブも声を出せる人もいるし、
七色の声を持つと呼ばれる人もいる。

ボクにはもちろんそんな声はないけれど、
そういう声のふり幅とか意識しよう、と思った。
それは器用になるということではなく、
ちゃんと自分の声を意識する、自分の声を持つ、という意味で。

メンテナンスをしている。
新しい方法を試してみる。
そして新しい声があることにも気づいたりする。
posted by 中神謙一 at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記